この一覧は、商品のカタログではありません。
器を生んだ「手」と「人」を、あなたに紹介するための場所です。
漆器を選ぶとき、うちわを開くとき、桶のたがを撫でるとき。多くの場合、私たちはその道具を「商品」として手に取ります。値段がある。素材がある。用途がある。しかし、そこには必ず、それを作った一人の人間がいる。早朝の工房で、まだ薄暗い窓に向かって、何十年と同じ刃を研いできた誰かが、いる。AMINISM は、その「誰か」を、あなたの目の前に連れてくるためのプラットフォームです。顔の見える買い物。それは古い言葉ですが、ことの本質は、いまも変わっていません。
香川県には、二十を超える伝統工芸が、いまも息づいています。讃岐漆器、丸亀うちわ、庵治石彫刻、竹一刀彫、讃岐桶樽——。一見、地味で、地方の片隅にしか見えないこれらの仕事は、しかし、その土地の地形と気候、そこに住む人々の暮らしの記憶を、何百年と濃縮してきた結晶です。瀬戸内の柔らかな日差し、四国山脈の透き通った水、海風の塩気。これらすべてが、職人の手のひらを通って、器の表面に降りてきます。つまり、作家の顔を見るということは、香川の風景そのものを覗き込むということなのです。器単体を見ていたら気づけない、その奥に広がる風土の物語を、私たちは作家の言葉と表情を通して、少しずつあなたに渡したい。
一度きりの売買で終わる関係を、私たちは目指していません。AMINISM が目指すのは、作家とお客様が「同じ時間軸の上にいる」と感じてもらえる関係です。桜井美咲の蒔絵小箱を手に入れた人が、彼女の次の春の新作を待ち望むようになる。森本悠の手描きうちわを使った人が、夏になるたびに彼を思い出す。大西健一郎の竹一刀彫を玄関に飾った人が、年末に「今年もありがとうございました」と工房に手紙を書きたくなる。そういう関係です。作品は道具であり、同時に、作家との架け橋でもあります。架け橋の向こうに立っている一人の人間を、まず知ってほしい。そのために、私たちは作家の顔と声を、丁寧に並べています。
作家のページを開くと、簡単な紹介文ではなく、三千字を超える物語が現れます。十代で師匠に弟子入りした夜のこと、独立を決意した日に見た瀬戸内の朝焼け、漆かぶれで眠れなかった研修生時代、子どもが生まれて工房に保育スペースを作った話。これらはすべて、その人が、その器を作る理由の一部です。急いで読まないでください。コーヒーを淹れて、夜の静かな時間に、一人の作家のページをゆっくりと辿ってみてください。器を買うかどうかは、あとから決めればいい。まず、その人と、知り合ってもらうこと。それが、AMINISM がこのページに込めた、最初の願いです。
工芸品の「素晴らしさ」は、見ただけでは、なかなか伝わりません。なぜ一本の竹を彫るのに二、三ヶ月かかるのか。なぜ漆を塗っては待ち、塗っては待つことを二十回繰り返すのか。なぜ釘を一本も使わずに桶を組むことが奇跡なのか。そういう「理由」を知った瞬間に、目の前の器の重さが、変わります。同じ価格でも、同じ大きさでも、知らずに見るのと、知った上で見るのとでは、まったく別のものになる。AMINISM はその「理由」を、難解な専門用語ではなく、作家自身の言葉で、あなたに渡そうとしています。読み終わったあと、あなたの暮らしの中で、器がもう一度、息を吹き返すように。
AMINISM の作家たちが、いま、新しい時代を作ろうとしています。香川という小さな県の、さらに小さな町や村で、数百年続いてきた手仕事が、いま、世界に向かって扉を開きます。そして、その扉を押し開けるのは、ほかでもない、あなた一人の「いいね」と、たった一度の購入です。一人の作家の暮らしを支えるのに、何百人ものお客様はいりません。十人、二十人の「ファン」がいれば、その人は来年も来月も、明日も、刃を研ぎ続けることができます。あなたが今日この一覧を眺めることが、すでに、香川の伝統工芸の未来に、小さな光を灯しています。
— AMINISM 編集部